鹿児島地方裁判所 昭和33年(レ)43号 判決 1958年12月25日
鹿児島県鹿屋市向江町七千百四十七番地
控訴人
武石一志
被控訴人
国
右代表者法務大臣
愛知揆一
右指定代理人法務事務官
宮田茂春
右当事者間の昭和三十三年(レ)第四三号損害賠償請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、金一万九千百五十六万円を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人指定代理人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、控訴人において、「登記官吏は形式的審査権のみ有し実質的審査権はこれを有しないとしても、控訴人は、移転登記申請の際、登記官吏に対し、控訴人が本件土地を一坪当り千三百円で買受けた旨の資料として、鹿児島地方裁判所鹿屋支部福島裁判官及び鹿児島地方検察庁鹿屋支部中村検事の各取調になる証拠書類を提示したのであるから、登記官吏としては、別段審査するまでもなく、本件土地の売買価格が一坪千三百円であつたことは分つていた筈である。又かりに、登録税は登記申請時における目的物の時価を課税標準価格として課せられるとしても、登記官吏が本件土地について認定した坪四千円の価格は、現在鹿屋市における固定資産税の対象としての評価額より高額であつて、故意に高額に認定されたものである。」と述べたほか原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
理由
控訴人が、訴外松元清二から、その所有にかかる鹿屋市向江町七千百十番宅地百十九坪五合八勺及び同町七百十一番宅地五十八坪七合三勺の二筆の土地のうち百六坪を買受けたこと、昭和二十八年十月一日鹿児島地方裁判所鹿屋支部は、訴外松元清二に対し、右二筆の宅地の譲渡その他一切の処分を禁止する旨の仮処分決定を発したこと、控訴人が、昭和三十一年十二月二十七日、右買受けにかかる土地百六坪のうち九十七坪四合五勺(以下本件土地と云う)について鹿児島地方法務局鹿屋支局に所有権移転登記を申請したのに対し、同支局登記官吏は、本件土地の課税標準を一坪当り金四千円と認定告知したこと、控訴人は右認定に従つて同日登録税を納付し、本件土地の所有権移転登記を経由したことはいずれも当事者間に争がない。
ところで、控訴人は、本件土地は昭和二十八年九月二十六日に一坪千三百円で買受けた前記百六坪の土地のうち、昭和三十一年十二月十九日訴外久留静と交換した土地を除外したものであるところ、控訴人の本件土地に対する登記経由が遅れたのは、買受後間もない昭和二十八年十月一日鹿児島地方裁判所鹿屋支部より前記仮処分が発せられたので、控訴人はこの仮処分命令を忠実に守りこれに従つたからに外ならないのであるから、登記官吏は、控訴人の買受価格である一坪当り千三百円を課税標準として登録税を徴収すべきであるに拘らず、登録税は登記申請時における時価によるべきだとして、一坪当り四千円と認定し、これに基き徴税したのは、正に登記官吏が法律の解釈を誤つた過失による違法な処分と言うべきである。仮りに控訴人の買受価格たる一坪千三百円が不当であるとしても、控訴人の買受当時における本件土地の時価は一坪二千二百円であつたから、これを課税標準価格として認定すべきであつた」と主張するので、この点につき判断することとする。
そもそも、不動産に関する登記を受くるとき登録税を納付すべき所以のものは、不動産に関する物権の得喪、変更はもとより当事者の意思表示のみによつて効力を生ずるものであるけれども、これを第三者に対抗するためには登記をしなければならないことは、民法の規定するところであつて、国家の公簿である登記簿に登載されることによつて、当該権利主体は該権利をもつて第三者に対抗し得る利益を享受するものである。されば登録税法はこの享受される利益に着目し、その登記の種類、登記の原因、受ける利益の態様等を勘案して夫々の登記について、申請人より登録税を徴収することにしているものと解せられる。而して登記を了した不動産物権の対抗力は、その登記原因たる事実がいつ発生したものであれ、一般に登記された時にはじめて生ずるのである。ところでひるがえつて登録税法の規定をみるに、同法は不動産の有償取得を登記原因とする場合の登録税の課税標準は、登記をうける不動産の価格によるものと規定している(同法第二条第一項第三号)ところ、一般に課税標準価格は当該租税を賦課する時の価格によるべきものであるのみならず、前記登録税徴収の根拠及び対抗力発生の時期の点から考えても右にいう「不動産の価格」とは、当該登記を経由する時における不動産の時価と解すべきことは疑をいれない。(同法同条同項に規定する不動産価格についても同様に解すべきである)そしてこのことは不動産の所有権取得後、その旨の登記を経由するのが、いかなる理由でいかに遅れたかは問わず、凡て登記時における不動産の価格をもつて課税標準とする趣旨であることは別に云々するまでもないことである。従つて例えば売買による所有権移転登記の場合においても、課税標準たる当該不動産の価格は、売買契約即ち登記原因の発生時期における価格によるべきでなく、その移転登記をうけるときの時価によるべきものなのである。而して課税標準である不動産の価格は、一応は登記申請人において登記所に申告する(不動産登記法施行細則第三十八条第一項)けれども、結局は登記所(登記官吏)の認定するところであつて、これを要するに価格認定権は登記官吏がこれを有しているのである。(登録税法第十九条の六)即ち、登記官吏は自己の職権をもつて相当とする価格を認定しうるのである。ところで、今、本件についてこれをみるに、鹿児島地方法務局鹿屋支局の登記官吏が、控訴人の本件土地に関する所得権移転登記申請に際し、控訴人の登記申請が遅延した理由など全く顧慮することなく、本件土地の課税標準価格を控訴人の買受価格たる一坪千三百円と認定しないで課税標準価格は登記申請時における時価によるべきものとして、一坪当り四千円と認定したのは、右登記官吏の職権に基く正当な職務行為であり、登記官吏が法律の解釈を誤つているとは毫も言えないから、この点に関する控訴人の主張は、主張自体失当である。なお、参考までに附言するに、控訴人は処分禁止の仮処分決定を忠実に遵守したが故に登記申請が遅延したと主張しているけれども、かかる仮処分決定が発せられていても、所有権移転登記は経由することができるのであつて登記を経由し得ないものと誤解誤信して登記所に問合せてみる等の挙に出でず、漫然と日時を経過した控訴人に懈怠があつたと云うべきである。
次に控訴人は登記官吏が本件土地の課税標準として認定した一坪当り金四千円の価格は、当時の時価に比し高額不当で右は故意に高額に認定したものである旨主張しているが、登記経由時である昭三十一年十二月二十七日当時における本件土地の時価については、控訴人においてなんら立証しないところであるから、右主張も排斥を免れない。
以上の次第であるから、爾余の点につき判断するまでもなく、鹿児島地方法務局鹿屋支局登記官吏の不法行為を理由として、登録税一万三千百五十六円を不当に徴収されたことによる同額の損害金及び慰藉料金三千円の支払を求める控訴人の本訴請求は理由がないから失当として棄却を免れない。而して右と同旨に出でた原判決は洵に相当で、本件控訴は全く理由がないから、民事訴訟法第三百八十四条により、これを棄却し、控訴費用の負担について同法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 池畑裕治 裁判官 高林克巳 裁判官 藤原寛)